おたがいの性衝動を満足

いまでこそ小学校のカリキュラムに性教育が組 み込まれて幼い頃から正しい性知識が教えられる ょうになってきたが、つい最近まで性知識を仕入 れるのは友達との猥談が中心で、それも週刊誌や グラビア誌の煽情的な記事をもとにしたあやふ やな情報がほとんどだった。それら中途半端な知 識しか持っていない子供たちが大人になって日常 的にセックスをするょうになつたとき、自分のし ていることはふつうなのか、このやり方でパr ナーを満足させられるのか、周りの人から見たら 自分のしていることはとんでもない変態行為なのではないだろうかと、さまざまな疑問を感じるようになる。学校の勉強に偏差があるのとおなじようにセックスにも標準値があって、その枠 にはまっていなければすぐに異常者のレッテルを 貼られてしまうかもしれないと漠然とした不安や 戸惑いを感じている人も数多いだろう。

しかし、はっきり言って、セックスに標準値な ど存在しない。百組のカップルがいれば、百通り のセックスの形があり、それぞれが正しいセック スといえる。第7章で、一風変わった性衝動を いくつか紹介しているが、当事者同士がその行為 を望んでいるのであれば、そのカップルは満たさ れた性生活を送っているわけで、周りがとやかく 口をはさむ問題ではないのである。

だいたい、膣にペニスを挿入するだけなら、セ ックスではなくたんなる生殖行為にすぎない。セ ックスは、ベッドィンするまでの気持ちの高まりがあり、それをさらに燃え上がらせる前戯を楽しみ、性器の結合による目眩めくようなエクスタシ-を味わい、その余韻とともに興奮が治まってい く後戯で終了するまで’ ひとつひとつの行為がお たがいの愛情を確かめ合う大事なコミュニケーシ ョンの手段になつている。誰もが〃こんなことを お願いしたら嫌われるのではないか?”という性 衝動に対する悩み’ また〃自分のテクニックが未 熟でパ^ナーを満足させていないのではない か?”というセツクスの充実度に対する悩み、男 女の性別を問わず”自分の容姿やスタイルがパー トナーの気持ちを引きつけられないのではないか?”という自分に対する悩んみなど、さまざまな問題を抱えながら性生活を送っているに違いない。 その中には、すぐに解決策が見つかる悩みもあれ ば、二人で地道なコミュニケーションを続けてい かなければ突破口が開けない障害もあるだろう。 しかし、そのどちらにしても、セックスに基準な ど存在しないことを思い出してもらいたい。セツ クスは常に自分の欲求が基準であり、それがパー トナーの性的快感を引き出してくれるのなら気に 病む必要性はどこにもないのである。

人間一人,一人の性質や考え方が違っているのと おなじょうに、セックスの趣味嗜好も千差万別。 外部からの性情報を鵜飲みにしているだけでは’ 性の悩みをいたずらに増大させるだけでなんの解 決にもならない。ただ気持ちいいからセックスを するのではなく、どうすればセックスをゆたかに 楽しむことができるのか、その努力が大切なのだ。 セックスに対する前向きな姿勢かハ—トナーとの 親密なコミュニケーションを生み出して、おたが いの性衝動を満足させていくのである。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です